梅雨真っ只中の日本とはうって変わり、ぎらぎらと太陽が照りつける6月の台湾は花蓮県の鳳林に来た。客家、台湾原住民、漢人の混ざりあった文化と豊かな自然に恵まれ、台湾初のスローシティとなった町だ。
この町で、檳榔(ヤシ科の植物 以下、ビンロウ)の葉鞘をアップサイクルしているクリエイティブスタジオ「拿鞘 Nature(以下、ナーチャオ)」がある。
SDGsが叫ばれる時代の要請とともに、アップサイクル(廃棄予定のものに高い付加価値をつけて再生する活動)に取り組む企業、団体が増えている。一方で、往々に原材料不足などによる収益問題に直面し、継続することが難しい側面もある。世界的にアップサイクルの成功事例が少ないなか、ナーチャオは台湾原住民族の伝統文化の文脈でアップサイクルを見事に成功させた。
そんな彼らの成功までの道のりを取材した。
檳榔(ビンロウ)の基礎知識
熱帯アジアに広く自生するヤシ科の植物ビンロウは、昔から様々な用途で人間社会に寄与してきた。
台湾では“緑金”と呼ばれるほど経済価値が高く、石灰を混ぜて噛むと一種のエクスタシーを得られ、「噛みタバコ」の呼び名で嗜好品として楽しまれている。しかし、噛んだ後に出る赤い汁を路上に吐く習慣や口腔がんのリスクからネガティブな一面も持っている。
実は、台湾原住民族社会では大昔からビンロウを神聖視する文化がある。ナーチャオは、現代のネガティブなイメージに塗りたくられたビンロウの文化的価値の復活に奮闘してきた。
ルーツの目覚めと未踏の地への挑戦
今回お話を聞いたのは創業者の劉大衛さん。
台北で育った劉さんは、それまでほとんど自分のルーツである台湾原住民族の文化に触れる機会がほとんどなかった。
大学卒業後、さまざまな仕事を経験するなかで原住民族委員会(原住民政策を担当する行政機関)で働いたことが転機となった。
「原住民族委員会での仕事でさまざまな集落を訪れるようになりました。それまで台湾原住民族の文化を一括りにして考えていましたが、実際は部族や集落ごとに独自の文化があることを知ったんです」
この経験が劉さんと原住民文化の関係性を紡ぎ直すきっかけになった。
原住民族委員会を離れた後、原住民をテーマにしたイベント企画会社に入社した劉さんは、ある展示会ではじめてビンロウの葉鞘と出会う。
「月桃の葉でつくる工芸品は村でよく見かけたのですが、ビンロウの葉鞘を使ったものは少なかったと思います。この素材を使ってなにか作れたらおもしろそうって心が躍りました」
その後、会社を辞め、ビンロウの葉鞘を使ったブランドを立ち上げることを決意。
デザイン畑出身でもなく、ものづくりの経験もない青年が生み出したブランドが海を超えて台湾原住民の工芸を代表するブランドになろうとは、当然知る由もなかった。
台湾原住民工芸のニュートラディショナル
2016年にはじまったナーチャオは「自然素材の再利用を通じて原住民文化を未来に残すこと」を目的としている。
台湾東部〜南部にはビンロウが多く自生しており、花が咲くシーズンになると葉鞘(花をつつむ外皮)が自然に落ち、あたり一面を葉鞘が埋め尽くす。
昔は原住民の集落で葉鞘を生活用品の一部として取り入れていたが、今は少なくなったという。
台湾原住民族社会において昔からビンロウは冠婚葬祭には欠かせないお供え物として神聖視されてきた。
「ビンロウひとつとってもさまざまな側面がある。“噛みタバコ”だけじゃない、多面的に見てもらうためにどうすればいいのか考えました」
劉さんは先代の技術を継承しながら、使われなくなった葉鞘にクリエイティビティを吹きこむ。途中で林さんも参画し、プロダクトが今のかたちになるまで2年を要した。
プロダクトのラインナップはどう決めているのだろうか。
「先代から続く基本技術“折る”に則りながら、現代のライフスタイルに合ったものづくりをしています。デザイナーや他のブランドさんとコラボレーションすることもありますよ」
無理はしないスタイル
ブランドの成長を実感しつつも、決して無理はしないスタイルを貫いている。
「コロナ禍で海外に行けないなか、台湾の魅力を再発見する動きが活発になりはじめました。それを機に私たちのことを知ってくれた人が多かった。たとえば、収納ボックスはコロナ前後で受注数が4倍近くも増えたんです」と興奮を抑え気味に話す。
イベント出展や広報活動が功を奏し、次第にメディアへの露出が増えた。
日本でも何度かポップアップやワークショップを開催し、国内外からイベント出展に声をかけてもらうことも増えてきたが、積極的には出展しないようにしていると言う。
「正直、私たちは現状に満足していて規模をこれ以上拡大しようとは思っていません。メンバーが二人だけということもありますが、心に余裕を持ってものづくりに集中したいから」
「とはいえ、年に1〜2回はイベントに出展しますよ。自分たちのことを忘れてほしくないから(笑)」
達成感と同業がいない寂しさ
劉さんにモチベーションの源泉を聞いてみた。
「仕事は大変だけど、これまでの努力がビンロウのイメージアップにつながった達成感があります。応援してくれる人の期待を背負い、これからも続けないといけないプレッシャーも感じていますが、好きな仕事だから辛くはありません。義務感よりも情熱が大きいですね」
と答えながら切ない表情でこう続ける。
「ここまで活動してきて同業者が現れないのは残念に思っています。うちのプロダクトを模倣されても嫌だと思わないし、むしろ大歓迎。いっしょに葉鞘を拾いに行ったり、作り方も喜んで教えますよ(笑)同業者が増えるということはビンロウ文化に敬意を払い、廃材を使う人も増えるってことじゃないですか」
周りからの声もあり、一時期は職人育成など含めた団体の立ち上げも考えていたが、現状はリソース的に厳しいと話す。しかしあきらめたわけではなく、頭の片隅に置きながらタイミングを見計らっているそうだ。
ビンロウのポテンシャルを信じて前進
一定の成果をあげながらも拡大路線に走らない意思を示す。一方でまだまだやりたいことがあると意気込んで話す劉さん。さいごに今後の展望について聞いた。
「プロダクトのラインナップを増やしたいですね。もし1日48時間あれば、試作品の開発やテストをしたい。ビンロウ葉鞘にはまだまだポテンシャルがある」
「あとはルッキズムをテーマにした展示会をやりたい。見てのとおり葉鞘には黒い斑点があります。多くの人はカビが生えていると思うのですが、害はありません。むしろ成長する過程においては正常なのです。展示会では100箱の斑点パターンが異なる収納ボックスを並べて、鑑賞者に“外見だけで人を判断してはいけない”ということを伝える展示会ができたらいいな」
ビンロウの葉鞘という廃材ひとつとっても表現できる幅の広さを感じさせてくれるポテンシャルと、それを実現しようとする彼らのクリエイティビティに脱帽した。
これからも「自然素材の再利用」と「原住民文化を未来に残す」ことを指針に彼らは歩み続ける。
2024年6月取材
檳榔の落葉拾いを体験
今回特別にビンロンの葉鞘を拾うところから乾かす工程まで見させてもらった。
まずはビンロウが自生する場所へ向かう。
拾う葉には選定基準があるそうだ。基本的に拿鞘では自然に落ちた葉しか使わない。
実はビンロウの花は食用としても使われ、たとえば台湾居酒屋の熱炒(ルーチャオ)では「半天筍」というメニュー名で提供されている。
食べ頃の時期になると農園では、花を覆う葉鞘を剥いて収穫するのだという。
人の手で落とされた葉鞘は、プロダクトに不向きなのと自然素材のみを扱うという理由で拾うことはないとビンロウが生い茂る林を歩きながら劉さんは説明する。
葉が落ち始めるのが5月頃で、そこから5ヶ月間ほど鳳林のスタジオに滞在しものづくりをしている二人。シーズンオフはそれぞれ別の仕事をしにいろいろな場所を転々としているという。
スタジオに戻り、洗った葉鞘を拭きながらこう話す。
「二人だけでつくれる量には限界がある。誰かに手伝ってもらおうとも考えたけど、人が増えると意見の衝突が起きそうだなと懸念していて。いっしょに仕事するなら自然素材を心から愛し、価値観を共有できる人がいいな」
そんな仲間と出会える日を心待ちにしているようにも聞こえた。
拿鞘では鳳林のスタジオへ実際に来てもらい、いっしょに葉鞘を拾ったり、ものづくりを体験できるワークショップを開催している。
拾い上げた檳榔の葉鞘を通じて、自然を私たちの生活に取り入れましょう。私たちの技術を活かし、これらの葉鞘を再利用可能な緑の製品に変えることで、地球と環境に優しいエコフレンドリーなものを生み出します。物を最大限に活用することは自然への敬意であり、部族の生活の知恵を継承することです。
異なる分野との協力を通じて、互いのつながりを強化し、大地の色彩を使用して、台湾の土地文化の本質的な自然を皆さんと共有したいと考えています。
ナチャオは、自然の葉鞘のように自然の質感に沿って自然の道を歩みます。
拿鞘 Nature
営業時間:10:00-17:00(水・木定休曜 、祝日は営業)
住所:花蓮縣鳳林鎮中美路17號[Googleマップ]
オフィシャルサイト:https://www.nihaonature.com/
Instagram:@na_chiao
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