「村に若者が帰ってきた!」好循環な仕組みづくりに成功した不老部落とは

「地方創生」という言葉が日本社会に浸透してからしばらく経ったように思う。地域活性化のムーブメントが、実はお隣の台湾でも起きていることを知っていただろうか?

少子高齢化、都市の一極集中、地方経済の衰退など、これらの社会問題に危機感持った台湾政府は2019年に「台灣地方創生元年」を宣言し、地方振興策を強力に推進してきた。宣言から今年で4年目を迎え、色々な成功事例が誕生した中に台湾原住民の事例もあることがわかった。

「台湾原住民のなんでも」を取り上げるこのメディアなのだから、このジャンルも取り上げないわけにはいかない。ということで新シリーズものを始めることにした。題して「地方創生シリーズ#」。

記念すべき第1回目は、台湾原住民の部落(≒村)で持続可能なエコシステム構築に成功した「不老部落」を取り上げたい。

快晴の日は村全体を見渡すことができる Photo by Persson543
快晴の日は村全体を見渡すことができる Photo by Persson543

台湾宜蘭県の山の中の秘境に不老部落はある。4つの村が合併してできた比較的若い泰雅族(タイヤル族)の村だ。年間の快晴日数が約100日しかないほど温帯多雨気候。アクセス困難で旅行するにも気候は運次第のこの村が地域ブランディングに成功した事例として台湾で注目を集めている。その成功した秘訣に迫る。

不老部落の成り立ち

20年前にできたこの村にKwaliさんはやって来た。漢人の父とタイヤル族の母を持つ彼のもとに、ある日父から連絡が届いた。

「村に帰ってきて、手伝ってくれないか」

Kwaliさんの父 Wilangさんは妻の故郷である寒溪部落(後に不老部落に編成)の地域活性化に貢献したい想いから、空間/建築デザインの専門家として移住を決めた。しかし一人では限界があることを痛感し、周りの村にいる6名の長老に呼びかけ連合をつくった。それが不老部落。

村名の「不老(bulau)」は、タイヤル語の「bulaubulau(目的もなく歩くの意)」に由来する。村では大人が「何してるの?」と子どもに聞くと「bulaubulau」と答える光景をよく見かけるという。地元の日常からインスパイアされ、しかも当て字に「不老」というパワーワード。なんとも機転の利いた村名前。日本語の”ぶらぶら”するとちょうど同義で発音も似ているのは偶然だろうか。

「当時、父と長老たちの思いは非常にシンプルなものでした。遊休地(使われていない畑など)を復活させ、価値ある土地にすることで若い世代を呼び戻したい」とKwaliさんは語る。

不老部落の運営リーダーを務めるKwaliさん VERSEより
不老部落の運営リーダーを務めるKwaliさん VERSEより

この村のルーツは農業にあり、畑を耕すことが彼らの精神的支柱となっていた。そこから発展し小米播種祭、豐年祭、入倉祭、祖靈祭などの行事が生まれた。若者にこの精神的文化を伝えるためには、ここで自給自足できることを示さなければならなかった。

「若干21歳でこの村に来たときは、若者なんて一人もいなかったですよ」と苦笑しながらKwaliさんは振り返る。

留学経験を活かして

長老たちの努力により土地は耕され、かつての姿を取り戻しつつあった。次に直面した課題は、採れた農作物の販売方法。山を下って町で売るには時間と人的コストがかかる。検討の末、有機野菜を宅配提供することにし、PRのため「試吃所(試食所、後のレストラン)」を設けることにした。そこのオーナーとして、オーストラリアでホテル経営を学んでいたKwaliさんが抜擢、村の伝統と西洋を融合したフュージョン料理を監修した。独特な世界観はすぐに人々から注目を浴びることになり、1日体験ツアープログラムの大目玉となった。

Kwaliさん監修のフュージョン料理。器、カトラリーすべてが手作り。 Photo by miiiamia
Kwaliさん監修のフュージョン料理。器、カトラリーすべてが手作り。 Photo by miiiamia

村の主力収益になり軌道に乗ったと思ったのもつかの間、新たな課題が再び頭を悩ませる。

根本原因は教育インフラにあった

村が潤いはじめたのはとても喜ばしいことだったが、Kwaliさんの表情は釈然としない。雇用の創出と安定した生活が見込めるにもかかわらず、村には若者がまだ少なかった。この村の子どもたちは学歴や専門スキルが身につかないことから中学卒業後の進路に希望を見出せないでいた。

この村の教育体制が整っていなかったことにより中退、早婚、世代を超えた子育て(高齢者による教育)、雇用問題(就職できない)などの問題が起きていたとKwaliさんは教育インフラに問題があったことに気が付いた。

「この悪循環を断ち切らなければならない

教育改革の一手を打つべく、若きリーダーが動く。

ハワイ視察

ある日、Kwaliさんにハワイの視察のチャンスが訪れた。現地で見たのは、先住民コミュニティと大学が連携し文化の保全と学生たちに教育のチャンスを提供する持続可能なシステムだった。

オアフ島 ワイキキから約70分に位置するポリネシア・カルチャー・センターで働く学生スタッフが多いことは一目でわかった。先住民の学生たちはここで働きながらポリネシア文化の発信もできるし、得た収入を大学の授業料に充てている。「働く場」と「教育の場」を支援・提供しているのがブリガム・ヤング大学ハワイ校。

この視察で得たインスピレーションをもとにKwaliさんは、2015年「原根職校」を創設した。

原根職校の創設

ハワイでの事例をロールモデルに、不老部落にも適用することにした。原根職校創設の目的は、「教育の改善」「若者の人口流出対策」「専門人材の育成」だ。原根職校は学生に様々な授業カリキュラムと実地でのインターンシップ機会を提供する。

授業は村の集会所に学生が集まって開かれる。カリキュラムは、酒づくり、パンづくり、自転車のメンテナンス、音楽、ダンスなど、学生たちの興味を引き出せるように様々なジャンルを取り扱っている。ここで特筆したいのは講師は全員外部から招聘されたボランティアということ。彼らの多くは過去に不老部落に観光客として訪れ、ファンになってくれた人たち。これまでにパンの世界大会に優勝した職人、ファッションデザイナー、金属加工アーティストなどを招いている。最近ではAIなどのトレンドも学んでいる。

集会所 Photo by dorosui
集会所 Photo by dorosui

創設以来、英語教育に関わる林欣儀さんとKwaliさんは

「子どもたちが学ぶ喜びを取り戻せますように」

と同じ思いをシェアしている。

この施策のおかけで若者は村に留まり、前述した「悪循環」を見事断ち切ることに成功した。

インターンシップで伝統文化・技術を学ぶ

授業以外の時間はインターンシップというかたちで主に農業、レストラン、伝統工芸を長老から学びながら手伝い、学生たちの専門スキルを磨いていく。

長老から教わった伝統農法で農作物(主に野菜類)を栽培・収穫する。難易度の高いキノコや小米酒の原料となる粟も育てている。どれも無農薬栽培で毎日天塩をかけて育てているため、その味にうなること間違いない。ここで採れた野菜は村用とレストラン用に分けられる。

天塩をかけて育てられた野菜たち Photo by Chih-Yu Ko
天塩をかけて育てられた野菜たち Photo by Chih-Yu Ko

レストランでのインターンシップも有意義だ。味の美味しさ、見た目の美しさは言わずもがな、伝統料理を習得することは、たとえ村の外でも重宝されるスキルである。

学生たちによりが育てた野菜はレストランで料理として提供され、そこで得た収益は授業料や食費に充てがわられる。学生たちにとっては良質な教育を受けられ且つ自分のスキルが上がり、村としては文化の継承ができ、世間は美味いものが食べられる。まさに三方良しだ。

長老の存在

冒頭から度々登場している長老のことを説明できていなかったので、ここで少し触れたい。文字通り村の中では一番に敬れるべき存在で、重要な決定事項には必ず関わる。この村にとって長老派”生きる辞書”と呼べるかもしれない。小米酒の醸造や伝統織物などの高度な技術は長老を通さずしては習得は困難だ。長老は精神的にも、文化的にも村の「最高権威」なのである。

伝統織物は若い女性から人気だとか。長老から織り方を学んだあと、1日4~5時間座り続けて作業することも。ファッションデザイナーだったKwaliさんの妹も一から修行し、今では若い女性グループを率いているそうだ。 Shopping Designより
伝統織物は若い女性から人気だとか。長老から織り方を学んだあと、1日4~5時間座り続けて作業することも。ファッションデザイナーだったKwaliさんの妹も一から修行し、今では若い女性グループを率いているそうだ。 Shopping Designより

Kwaliさんの思い

一般的に台湾の原住民は歴史上、社会的には弱い立場だったことから今は政府の援助に多くを頼っている。

「私は常々子どもたちに言うんです。村の外に出たら誇らしく胸を張っていいと。君たちがつくったお酒はミシュランの星付きレストランで使われているし、君たちがつくったパンは多くのシェフが使っているんだよ」

そうやって学生たちに自分たちがいかに価値のある存在なのか伝えるKwaliさん。

卒業後、学生たちにはどうなってほしいか聞いてみると、

「学生たちを育て、スキルを身につけさせ、社会で働くマインドセットをさせ世界に送り出します。広い世界を見ることで、彼らはより強い活力と思考力を持つことができる」

自身のオーストラリアでの経験から得られたものを学生たちにも得てもらいたい強い気持ちが伝わる。飛び立った彼らが村に戻ってくる如何ではなく、学生ひとりひとりの幸せを願う村のトップらしい回答だ。

小米酒の原料の粟。農園が失われてしまっていたため、南オーストラリアから持って帰った Photo by Siegfy
小米酒の原料の粟。農園が失われてしまっていたため、南オーストラリアから持って帰った Photo by Siegfy

「不老モデル」を地方創生の一助に

「不老部落は次なにをするの?ってよく聞かれるんです。”わかりません”といつも答えてます」

と笑いながら話すKwaliさん。不老部落ができた当初、ブループリントはなかった。必要に応じて現場から上へ「ボトムアップ」で対応し今日まで至った。”伝統”と”現代”のバランスを取るという初心は決して忘れない。この「ボトムアップ」こそが地方の課題を解決する手助けになると彼は訴えてきた。

World Indigenous Future Star Awardでの受賞やTEDxにて2回の講演で、伝統と改革・農村教育に関する経験を共有してきた彼の言葉に耳を傾ける人が増えている。村に帰り生活することでのみ最適な生存と文化継承の方法を見つけられ、現場の意見を吸い上げて、村内で共有し、目標に向かって組織が動くボトムアップ形式の運営で不老部落は成功を収めた。いわゆる「不老モデル」と呼ばれるこの方式は、持続可能なエコシステムの構築にも参考になるだろう。

父親とともに村に来た当初、長老たちから”Kwali(鷹)”という名前を授かった。「鷹を見ると天気が良くなる」という縁起が良く、その名に相応しい功績をあげた。村の運営から約20年が経った今、新たな生き方を模索しながら自分たちの価値を創造し、輝き続けられる地盤がここにできた。

タイヤル語の「bulaubulau」はぶらつくを意味するが、不老部落のことを知れば知るほど若い力で村を変えていく精神「不老」のほうがピッタリに思えてくる。

不老部落

住所:宜蘭縣大同鄉寒溪村寒溪巷5號(不老部落接駁處)
HB:https://www.bulaubulau.com/
Facebook:https://www.facebook.com/bulautrvs/

部落一日旅遊TOUR

興味がある、世界観を実感してみたい方には、ぜひ1日体験ツアーの参加をおすすめしたい。参加人数の上限が30名の完全予約制。●不老部落/10時~16時30分。日曜~月曜日休。

予約は以下のフォームから

※本文は以下の記事を参考に編集しています。
https://www.verse.com.tw/article/bulaubulau
https://smiletaiwan.cw.com.tw/article/5086
https://www.shoppingdesign.com.tw/post/view/5840